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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)603号 判決

大阪市南区高津町四番丁七四番地

原告

辻内登

右訴訟代理人弁護士

香川公一

石橋一晁

川浪満和

服部素明

林伸豪

柴山正美

大阪市南区高津町七番丁二五番地

被告

南税務署長

北中善雄

右指定代理人大蔵事務官

岩橋益夫

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人大蔵事務官

山本昌二

阿部康雄

右被告両名訴訟代理人弁護士

田浦清

同指定代理人検事

岡準三

同訟務専門職

中山昭三

同大蔵事務官

吉沢保

右当事者間の更正処分取消等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する

主文

一、 被告南税務署長が昭和四〇年七月三〇日付でした、原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を七四万四八四九円とする更正のうち、五九万一七六九円を超える部分を取消す。

二、原告の被告南税務署長に対するその余の請求および被告国に対する請求はいずれも棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告南税務署長との間においては、原告に生じた費用の三分の二を同被告の、その余を各自の負担とし、原告と被告国との間においては、全部原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 被告南税務署長が昭和四〇年七月三〇日付でした、原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を七四万四八四九円とする更正のうち、五七万七四一〇円を超える部分を取消す。

2. 被告国は原告に対し、五万円およびこれに対する昭和四三年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに2.につき仮執行の宣言

二、請求の趣旨に対する被告らの答弁

1. 原告の被告らに対する請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 原告は自転車、自動車の修理販売業を営む者であつて、大阪市南区内の零細商工業者が自らの生活と営業を守ることを目的として組織した南区商工会並びに大阪府下の各商工会の結集した大阪商工団体連合会の会員であるが、昭和四〇年三月一〇日被告南税務署長(以下、被告署長という)に対し昭和三九年分所得税につき総所得金額を五七万七四一〇円、所得税額を一万四八〇〇円として白色申告書による確定申告をしたところ、被告署長は昭和四〇年七月三〇日、総所得金額を七四万四八四九円、所得税額を四万四七〇〇円とする更正並びに過少申告加算税一四五〇円を賦課する決定をし、同年八月二日その旨原告に通知した。

2. そこで、原告は同年八月二七日右処分につき被告署長に対して異議申立てをしたが、同署長は同年一〇月一六日これを棄却するとの決定をし、同日その旨原告に通知したので、原告は同年二月八日大阪国税局長に対して審査請求をしたところ、同局長は昭和三年三月二五日これを棄却するとの裁決をし、同日その旨原告に通知した。

3. しかし、被告署長のした本件更正には、次の違法がある。

(一)  本件更正通知書にはその理由として何らの記載もなく、その後の異議申立てに対する決定並びに審査請求に対する裁決によつても更正の理由は未だ明らかでなく、これは不服審査制度における争点主義に違反する。

(二)  国税通則法第二四条によると、更正は調査に基づきなされるべきものであり、かつ右調査は納税者の生活と営業を不当に妨害することのない適正なものであることを要求されるところ、被告署長は原告に対し不当な調査をし、かかる不当な調査に基づいて本件更正をした。

(三)  更正は適正かつ平等になされなければならないのに、被告署長は、原告が商工会々員である故をもつて、他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企図して、本件更正をした。

(四)  原告の本件係争年分の総所得金額は五七万七四一〇円であり、本件更正は原告の所得を過大に認定している。

4. 大阪国税局長は、被告国の公権力の行使に当る公務員であるが、原告の前記審査請求に対する審査を行うについて通常六か月、最大限度一年で裁決をなすべきにあつたにかかわらず、故意に二年間も放置してこれを遷延させ、速やかに行政救済をうけるべき原告の権利を侵害し、金銭的に評価すれば五万円を下らない無形的損害を与えた。

5. よつて原告は、被告署長に対して本件更正の取消を、被告国に対して五万円とこれに対する不法行為の日の後である昭和四三年六月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

1. 請求原因1.のうち、原告がその主張のような南区商工会および大阪商工団体連合会の会員であることは不知、その余は認める。

2. 同2.は認める。

3. 同3については、(一)のうち更正通知書に更正の理由を記載していないことは認めるが、その余は争う。

4. 同4.のうち、大阪国税局長が被告国の公権力の行使に当る公務員であり、原告の審査請求に対して約二年後これを棄却するとの裁決をしたことは認めるが、その余は争う。

三、被告らの主張

原告の昭和三九年分の総所得金額およびその内訳は次のとおりであり、その範囲内でなされた本件更正は適法である。

1. 収入金額 四一四万四七七九円

(一)  自動二輪車の販売収入金額 二一六万円

右自動二輪車の車種、小売定価、販売台数等の内訳は、別表のとおりである。

(二)  自転車の販売収入金額 一五万六二八五円

後記2.(二)の自転車の売上原価一〇万九四〇〇円は、販売価額の七〇パーセントに相当するものと推定し、右売上原価を基礎として、別紙計算式1.のとおり販売収入金額一五万六二八五円を算出した。

(三)  修理収入金額 一五二万六一九四円

(1) 売掛収入金額 一四四万九八八五円

(2) 現金収入金額 七万六三〇九円

右のうち、原告は現金による修理収入を計上していなかつたので、現金修理収入は少くとも修理収入全体の五パーセントはあるものと推定し、原告提示の右売掛収入金額を基礎として、別紙計算式2.のとおり現金収入金額七万六三〇九円を算出した。

(四)  自動車の仲介手数料収入金額 三〇万二三〇〇円

(1) 中山商店 一八万八七〇〇円

(2) ナニワ菱和株式会社 六万二九〇〇円

(3) 大阪マツダ販売株式会社 五万〇七〇〇円

2. 売上原価 二四六万八二七八円

原告は、昭和三九年分について期首、期末ともたな卸高の記録を残していないので、期首、期末ともたな卸高は同額として、その年分の仕入金額を売上原価とした。

(一)  自動二輪車 一七七万五〇〇〇円

(1) 関西ホンダモーター株式会社 一三〇万五〇〇〇円

(2) 株式会社綿口モータース 四七万円

(二)  自転車(衣笠商店) 一〇万九四〇〇円

(三)  部品 五八万三八七八円

(1) 関西ホンダモーター株式会社 三万〇五七五円

(2) 株式会社綿口モータース 一一万三〇四八円

(3) 船場 三一万二八七五円

(4) 新野商店 一二万七三八〇円

3. 必要経費 八四万五二八九円

(一)  公租公課 二万七一六〇円

(二)  水道光熱費 一万二〇〇〇円

(三)  旅費通信費 一万二〇〇〇円

(四)  火災保険料 三〇〇〇円

(五)  消耗品費 七万円

(六)  組合費 一万二〇〇〇円

(七)  雇入費 六五万九八八二円

(八)  減価償却費 一万九二四七円

(九)  支払地代 三万円

4. 差引所得金額 八三万一二一二円

四、被告らの主張に対する原告の認否

被告らの主張は、1.(三)(1)の修理収入金額のうちの売掛金額および3.の必要経費を認め、その余は否認する。

第三、証拠

一、原告

1. 証人宮城邦夫、同麻生守信の各証言および原告本人尋問の結果を援用

2. 乙第九号証の成立を認める、第一号証の一、二、第二、第七、第八号証は官公署作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、その余の乙号各証の成立は不知。

二、被告ら

1. 乙第一号証の一、二、第二ないし第九号証を提出

2. 証人宮本益実、同木村昌隆、同山本昌二の各証言を援用

理由

一、請求原因1.のうち原告が南区商工会および大阪商工団体連合会の会員である点を除くその余の事実、並びに、2.については、当事者間に争いがない。

二、被告南税務署長に対する請求について

1.まず、本件更正の手続上の瑕疵につき検討する。

(一)  本件更正の通知書に更正の由が記載されていないこと、および、原告が白色申告書によつて本件係争年分の確定申告をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法第四四条第二項は、更正により課税標準および税額等がいかに変動したかを明瞭にするため、更正通知書に国税通則法第二八各号所定の事項を記載するほか、更正にかかる総所得金額等についての所得別の内訳を附記すべきものとし、青色申告に対する更正については、右所得税法第四五条第二項が、右附記事項条第二項各号所定の事項を記載するほか、更正にかかる総所得金額等についての所得別の内訳を附記すべきものとし、青色申告に対する更正については、右所得税法第四五条第二項が、右附記事項に代えて、更正の理由を附記すべきものとしているが、白色申告については、納税者に青色申告者のごとく記帳およびその保存を義務づけていないと同時に、これに対する更正の場合に右のような理由附記をすべき旨の規定もないから、更正の理由を知りうることが望ましいことであるとしても、その記載のないことをもつて当該更正を違法とすることはできない。

(二)  被告署長が原告に対し、不当な調査をし、また商工会の弱体化を企図して差別的に本件更正をしたとの点については、本件全証拠によつてもこれを窺うことができない。

2. 次に、原告の本件係争年分の総所得金額につき判断する。

(一)  原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和三九年中に販売した自動二輪車および自転車の売上収入に関する記録は現存しないことが認められ、右売上収入を直接明らかにする資料はないけれども、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三九年当時、自動二輪車については、在庫品を置くことなく、購入者からの注文を待つて、その指示に従い仕入をしていたこと、また自転者については、売行きがはかばかしくなかつたため、なるべく在庫品を置かないという方針であつたことが認められるから、自動二輪車および自転車については、昭和三九年中に販売された商品の車種、販売台数は、同年中の仕入商品のそれにほぼ相当するものと推認することができる。

(二)  そこで、まず、自動二輪車の仕入の関係から検討するに、官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は証人宮本益実の証言によつて真正に成立したと認められる同第六号証、官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は証人山本昌二の証言によつて真正に成立したと認められる同第七号証および右各証言、並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告が昭和三九年中に仕入れた自動二輪車の仕入先、商品名、仕入台数、仕入価額は、次のとおりであることが認められる。

(1)  関西ホンダモーター株式会社

ベンリイ号CⅢ92 一〇台一一二万円

(一台一一万二〇〇〇円)

〃 CⅢS92 一台 一二万円

カブ 号C200 一台 六万五〇〇〇円

合計一三〇万五〇〇〇円

(2)  株式会社綿口モータース

カブ 号C100 八台 三六万四〇〇〇円

(一台四万五五〇〇円)

〃 C105 一台 四万七五〇〇円

〃 C200 一台 六万五〇〇〇円

合計 四七万円

(六五〇〇円値引されたため)

したがつて、自動二輪車の売上原価は、右(1)(2)の合計一七七万五〇〇〇円となる。

(三)  次に、自動二輪車の販売収入金額について検討するに、前掲乙第一号証の一によれば、原告が仕入れた自動二輪車の車種別の小売定価は、別表の小売定価欄記載のとおりであることが認められ、また車種別販売台数は、前叙のとおり仕入の台数に等しいと推認され、その内訳は別表販売台数欄のとおりであるから、仮に右小売定価で販売したとすると、自動二輪車の販売収入金額の合計は、別表販売収入金額欄記載のとおり、合計二一六万円となるわけである。しかし、証人宮城邦夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、昭和三九年当時、原告は小売定価からその一割程度を値引して自動二輪車を販売していたことが認められるから、販売収入金額を算定するにあたつては定価販売による額から右一割の値引分を減じなければならない。すると、自動二輪車の販売収入金額は、別紙計算式3.のとおり一九四万四〇〇〇円となる。

(四)  次に、自転車の仕入について検討するに、成立に争いのない乙第九号証および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三九年中に自転車の仕入のため一〇万九四〇〇円を支払つたことが認められるから、自転車の売上原価は右の一〇万九四〇〇円となる。

(五)  官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は証人宮本益実の証言により真正に成立したと認められる乙第二号証および右証言によれば、原告が販売した自転車は、小売定価どおりに販売した場合には、その差益率は三割前後であつたことが認められるから、右自転車の小売定価による総額は、別紙計算式1.のとおり一五万六二八五円となる。しかし、証人宮城邦夫の証言および原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三九年当時、自転車についても小売定価の一割五分程度の値引をして販売していたことが認められるから、右値引分を考慮すると、自転車の販売収入金額は、別紙計算式4.のとおり一三万二八四二円となる。

(六)  原告が昭和三九年中に売掛修理収入として一四四万九八八五円を得たことは、当事者間に争いがなく、証人木村昌隆の証言により真正に成立したと認められる乙第四、第五号証および右証言によれば、当時、原告と同種、同規模の業者においては、修理収入のうちには現金収入が少くとも五パーセントを占めていたことが認められるから、原告も同程度の現金収入を得たものと推認される。すると、現金による修理収入金額は、別紙計算式2.のとおり七万六三〇九円となり、全修理収入金額は一五二万六一九四円となる。

(七)  証人木村昌隆の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証および右証言によれば、原告は昭和三九年中に、自動車販売の仲介手数料として、中山商店から一八万八七〇〇円、ナニワ菱和株式会社から六万二九〇〇円、大阪マツダ販売株式会社から五万〇七〇〇円、合計三〇万二三〇〇円の収入金額を得たことが認められる。

(八)  前掲乙第九号証、官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は証人山本昌二の証言により真正に成立したと認められる乙第八号証および右証言によれば、原告は昭和三九年中に、自動二輪車の修理部品等として、次のとおり合計五八万三八七八円の仕入をしたことが認められる。

(1)  株式会社綿口モータース 一一万三〇四八円

(2)  船場 三一万二八七五円

(3)  新野商店 一二万七三八〇円

(4)  関西ホンダモーター株式会社 三万〇五七五円

(九)  必要経費が八四万五二八九円であることは、当事者間に争いがない。

(一〇)  以上によれば、原告の昭和三九年分総所得金額は、自動二輪車の販売収入金額一九四万四〇〇〇円、自転車の販売収入金額一三万二八四二円、修理収入金額一五二万六一九四円、自動車の仲介手数料収入金額三〇万二三〇〇円の合計三九〇万五三三六円から、自動二輪車の売上原価一七七万五〇〇〇円、自転車の売上原価一〇万九四〇〇円、部品仕入金額五八万三八七八円、必要経費八四万五二八九円の合計額三三一万三五六七円を差引いた五九万一七六九円となる。

なお、原告本人尋問の結果によれば、原告は販売あるいは仲介をした商品について、無償で調整、簡単な修理等のいわゆるアフターサービスを施していることが認められるけれども、これに要する雇人の工賃、部品代等の費用は、いずれも経費として計上されるべきものであるから、収入金額の算定にあたつてはこれを考慮しない。

3. そうすると、被告署長のした本件更正は、原告の総所得金額を過大に認定した違法があり、五九万一七六九円を超える部分は取消しを免れない。

三、被告国に対する請求について

大阪国税局長が被告国の公権力の行使に当る公務員であり、原告の審査請求に対して約二年後にこれを棄却するとの裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、行政不服審査法第一条第一項は、行政不服審査制度が迅速な手続により国民の権利利益の救済を図ることを目的とするものであることを明らかにしているが、審査請求がなされてから裁決までに二年を要したというだけで、直ちに大阪国税局長の所為が同条に違反し、違法であると速断することはできない。同局長において、既に裁決をなし得る状況にあるのにことさら裁決を遅らせたり、あるいは、いたずらに事件の処理を放置し、そのために前記制度の趣旨が損われる程度に著しく裁決の遅延をみるような場合には、同局長の所為は行政不服審査制度を設けた趣旨に反するものとして違法となることがあると解すべきであるけれども、本件全証拠によつてもそのような事実は認めがたいから、同局長の所為を違法とすることはできない。

四、以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告署長に対し本件更正のうち総所得金額五九万一七六九円を超える部分の取消しを求める限度で理由があるから認容し、同被告に対するその余の請求および被告国に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 鴨井孝之 裁判官大谷禎男は差支えにつき署名捺印できない。裁判長裁判官 石川恭)

別表

〈省略〉

別紙計算式

1. 〈省略〉

2. 〈省略〉

全修理収入金額1,526,194(円)-売掛金額1,449,885(円)=現金修理収入金額76,309(円)

3. 自動二輪車定価販売合計額2,160,000(円)×(1-0.1)=自動二輪車販売収入金額1,944,000(円)

4. 自転車定価販売合計額156,285(円)×(1-0.15)=自転車販売収入金額132,842(円)

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